政治


【政治とは】

 政治の目的は、より良い社会の構築である。

 より良い社会を構築することによって、個人もまた安全快適な暮らしを
 手に入れることができるということを人間は知ったからである。

 言い換えれば、個人が最も安全快適に生きられる社会を作ることこそが
 政治の目的だということもできる。

 人間は社会的動物だ、といわれるゆえんであろう。


【より良い社会を築くには】

 より良い社会を築くにはどうすれば良いか?

 それは、広く意見を聞き、新良なるものを取り入れながらも、旧善なる
 ものを残し、誤った政策があればすみやかに改めることである。

 そしてなによりも、より良い社会、より崇高な真理・真実とは何かを探
 究し、実現する努力を怠らないことである。

 同時に、現実に合わせて無理のない仕方・速度でこれをやることである。
 あくまでも、社会に住まう人々の幸福が目的なのであるからだ。

 これを、明徳・新民・至善という。



【意見を聞くには】

 では、広く意見を聞きくにはどうすればよいか?

 古今東西、ここで人々の考えが分かれるのである。

 くだらない意見を声高に主張する人、無責任なことを言う人、学識や経
 験もないのに勝手なことを言う人、故意に不当な意見を述べる人、これ
 らの人々をどう処遇するのかということについて、である。

 近代民主主義以前、これらの人々を、なんらかの方法で排除することが
 正しいとされてきた。現代でも、この考えに無意識下では賛同している
 人も少なくあるまい。

 しかし、その排除によって、実は正しい意見や斬新なアイディアの持ち
 主までもが排除されることは、しばしば起こったことなのである。

 否、滅びた多くの国家や社会は、真の賢者を排除し、世渡りの上手な愚
 者を重用することによって衰退したのである。

 ゆえに一国の興亡は、最高権力者の賢愚に左右された。賢帝は賢者の意
 見を理解することができるが、愚帝は耳甘の声しか聞こうとしないから
 である。それが近代民主主義以前の世界であった。

 この問題を解決したのが、言論の自由という観念である。

 「言論の自由」この言葉を知らぬ者はないであろうが、その近代的意義
 を理解している者が果たしてどれぐらい存在するであろうか。

 言論の自由が理解できなければ、民主主義も理解できない。ゆえに、そ
 の人は、「愚者の排除」という誘惑に常に負ける宿命にある。