テーマ:哲学

デカルト 方法序説 続き

【絶対者は存在しないことの証明】  こんどは、デカルト風に「絶対者は存在しない」ことを証明してみせよう。  【前提条件】  1、 絶対者は完全である。  2、 絶対者が人間を作った。  3、 人間は不完全である。  【証明】 証明 ①   絶対者が完全であるならば、…
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方法序説

【デカルト「方法序説」 雑感】  なんとなく思い出したので書いておこう。  デカルトが方法序説の中で書いていることへの雑感である。  デカルトは、  「人間は、不完全である」  「絶対者は、完全である」  「不完全なる人間が、完全である絶対者の存在を想像できる訳が無い」  「だが人間…
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プランクトン 対話編 その2

対話編 Ⅱ ソックリカエル: 昨日のつづきだ。要するに君は、正しいと確信できるものについて支持を するのだが、その支持を絶対化しているわけではなくて、いくばくかの割 合でそれを疑う心を常にのこしているというわけだね? プランクトン : いかにもそのとおり。 ソクッリカエル: では聞くが、自分の…
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プランクトン 対話編 その1

対話編 そのⅠ ソックリカエル: ねぇ、プランクトン君。君は自分の意見を絶対正しいものだと          思うかい? それとも、もしかすると自分が間違っているかも          しれないと自省する心をもち続けているのかい? プランクトン : そんなことは聞くまでもなかろう。もちろん、常に自分の見解     …
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自由が死にかけている

【 福田内閣は自由民主主義をぶっ壞す 】 小泉純一郎は、自民党をぶっ壞すと言ったが、福田氏は、自由民主主義を ぶっ壞す総理になりたいようだ。 靖国問題では、「靖国神社が自主的に解体して云々」と言ったそうだが、 これなどは、ハマコーのような無位無官の者が言うのならば許されるが、 一国の総理大臣になろうとするものが言…
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日本の思想を民主主義へ移入せよ

【 日本の精神性  】 欧米に知らしめるべき日本の精神性とは、「人の心の弱さを知る」という ことである。 欧米でも日本でも、究極の目的は真理・真正に達することである。日本流 にいうならば「仁」の実現である。 ではあるが、欧米の「言論自由と討論」によって真理・真正に至ろうとする 方式には、欠点があることを前回指…
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西洋民主主義の限界

【 トッチャンボーヤ の火遊び 】 補給継続反対は、アメリカを怒らせて反米感情を焚きつけようとする 子供染みた火遊びであるが、しかし、久しぶりの火遊びなので、止める ことができない。 小泉・安倍政権当時には、この種の火遊びは控えられていた。マスコミ が「アメリカのポチ」などと挑発しても、大人達は乗ってこなかった。 …
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言論の自由に三段階あり

【言論の自由に三段階あり】 言論の自由には、三つの段階がある。国により人により、その到達している 段階は決して同じではない。ある国における言論の自由と、その隣国におけ る言論の自由が、同じものを意味するとは限らない。 【第一の段階】 言論の自由の第一段階は、自分の意見を述べることのみを言論の自由だと 思ってい…
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民主主義と政党と

【政党のあるべき姿】 ハナ・アーレントいわく、「組織されない国民の意見は無力である」 マスコミは、国民の声を聞け、とか、国民の意見が政治を動かすだとか言いたがる が、それが虚しい言葉であることは、誰もが感じていることではないだろうか。 アーレントの言葉は、その核心を一言で射抜いている。 政党というものを通し…
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お「ねぇ」禁止論

【「ねぇ」に進歩は「無ぇ」】  「****、ねぇ....」  というような言葉遣いをときどき見る。  「天皇制廃止論ねぇ...」とか「核武装論ねぇ...」とか、大抵は、 自分が気に入らない意見を間接的に貶めるための無意識的言動 として使われているように思える。  しかし、「ねぇ」付きとはいえども、コメ…
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真の格差社会

【真の格差とは】 真の格差とは、人間としての「精神の気高さ」の格差のことである。 日本の貧乏人は誇り高く、貧乏ではあっても「お天道様に顔向けできない ようなことはしない」という気概をもっていた。 その意味において、むしろ格差は逆方向についていたのである。 つまり、金持ちや権力者の多くは、金や名声や権力の為に道義…
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世の中、理屈じゃなぇ 2

【とはいうものの】 現実には、理屈が通っていると思われたモノが実は間違いであったり、「理屈 じゃねえ」という人の言が真実を言い当てていたりするからややこしい。 【政教分離】 これもまた、実は難しいものでして、ちゃんと理解している人には、なかなか 出会えるもんではないようです。ゆえに、某有名掲示板では激昂した”議…
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田舎ほど公衆マナーは悪い

 【田舎ほどマナーは悪い】 一般に、田舎ほど公衆マナーは悪い。 そもそも、公衆マナーとは、他人同士が暮らす上での約束ごとであるから、 あかの他人と接する機会の少ない土地では発達しずらい。 田舎の人は純朴だとかいうが、それは「他人行儀ではない」一面をみていう ことであるにすぎない。身内扱いだから思いやりがあるよう…
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世の中、理屈じゃねぇ!!

「世の中は理屈じゃねえ!」 (サブと市 捕り物控え 石森章太郎より)  「いくら議論を戦わせても、”理屈じゃない”ものであるならいつまでたっても 平行線のまま」  議論は所詮議論であり、理屈は所詮理屈である。なにごとも、やってみなけれ ば分からない。それが世の中というもの。誰も皆、自分の理屈が正しいと思って いる…
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政治における結論という言葉の意味

【結論という言葉】 真実を突き止め、大方間違いのない定説にたどり着くことを結論というのであれ ば、(つまり科学や理屈の目指す結論ですね)そういうものは、国家政策というも のに求めることはできない。できないからこそ、政治というものが存在する。 一方、政治が目指す結論とは、本当に正しいかどうかは正直言って分からないけ…
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アロエは考えるか?

【価値の起源】  動物本能によるものであれ、社会的なものであれ、価値の起源は結局は自己保存に 求めることができる。  自分を、または自分の仲間を、そして自分の子孫を残すにはどうすればいいのか、 ということが考えるという行為の源泉なのである。  これを前提にして植物をみると、植物には意思があると断定せざるをえない…
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考えるということ

 考える、ということは何か、これを考えてみた。 ①  このような、わけのわからないことを考える場合、その反対のものを考えてみれば  いい。  つまり、「考えない」あるいは「考えていない」状態を思えばよい。  なんも考えない状態とは、つまりは、心が動いていない状態のことである。  ただボーっとしている、…
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日本の公衆道徳を向上させる方策

【テレビ・カメラを車内に】  そして、大型モニターを町中に。  老人であると若者であるとを問わず、近年の日本人の公衆道徳は、悪化する一方であるという。しかしでは、どうすれば良くなるのだろうか。ひとりひとりの自覚を待つ、とかいうようなことしかTVの”有識者諸氏”は仰らないのだが。  街へ出て、人々の様子をよく見てみると、…
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読書会予告 「リヴァイアサン」 ホッブス著

SIG市民の討論広場では、次回読書会の課題図書として、ホッブス著、「リヴァイアサン」を予定しております。 会期予定は、4月~6月。 あまりにも有名ゆえに、実際に自分で読んでいない人が多いのではないでしょうか。この機会に、読んでみましょう。 【市民の討論広場】 http://www2s.biglobe.ne.jp/…
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一円玉問答

【雑談・一円玉問答】  一円を拾うのに消費するエネルギー・コストは、一円以上だとかいう。では、拾うべきではないのだろうか。結論からいうと、拾ったほうが得だと思う。理由は、「蓄える」ことができるからだ。  運動に使うカロリーは、蓄えることができない。いや、できない訳ではないが、それは体脂肪という名前の、ありがたくない貯蓄として…
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IT革命とはなにか

【IT革命とはなにか】  19世紀産業革命の定義として唯一たしかなものは、それが生活物資の飛躍的な量的増大であったということである。同じように、今現在進行中のIT革命の定義として唯一たしかなものは、それが飛躍的な情報量の(その記憶量と通信量の)増大であるということである。双方向性がどうとかいう話は、末子枝葉のことにすぎない。  …
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