言論の自由の最低限度


【権力者の不正を糾弾できること】

 言論の自由といっても、現実には多くの制限が加わる。言いたくても
 いえないこと、言ってはならないこともある。

 だが、これだけは最低限度保証されねばならないものがある。それが
 侵犯された場合には、言論の自由が失われたといってよいものだ。

 それは、「権力者の不正を批判する自由」である。

 これこそが言論の自由の最根幹といえる。

 逆に考えてみればよく分かるはずだ。もしも、権力者の不正を批判す
 ることができない社会があったとしたら、その国に言論の自由がある
 と認める人はいないであろう。

 たとえポルノが解禁されていようと、どんな馬鹿騒ぎをTVが放映して
 いようとも、権力者の不正を糾す者が特殊警察に逮捕されるような国
 に、自由があるとは誰も言うまい。

 民主党は2008年の衆議院選挙において、小沢・鳩山問題を棚上げ
 したまま選挙戦を行うことを宣言した。このとんでもない行為を国民
 は許容し、民主党に票を投じた。

 これすなわち、言論の自由を国民が放棄したということである。
 ファシズム国家となることを国民が選択したのである。
 選挙とは、民主主義の自殺装置でもあるのだ。