ニセモノの政権交代

【2008年の政権交代はニセモノ】

 政権交代、と一口に言うが、本来、この言葉が指すべきものは、民主主義の、
 二大政党制における、政権交代という意味でなければならない。

 ただ単に、政権が代わりさえすればいい、というのではない。

 そのような、変化主義は、亡国への道である。226や515や、ナチスや
 らなにやらと同じである。

 政権交代して政治に関心を持つ人が増えたことだけでも良いことだ、と言う
 人も少なくない。が、関心を持っただけでは何にもならない。

 むしろ、関心を持っているが、なにも学ぼうとしない人間とうものが、最も
 たちの悪い相手だということは、討論の場にいる者なら誰でも知っているは
 ずだ。ゆえにjsiminのモットーは、無知の許容&無知の居直りへの非
 寛容、なのである。

 話がそれてしまった。

 要は、評価できる政権交代とは、二大政党制の政権交代であり、民主主義の
 出来を競っての政権交代でなければならないということである。

 どの政党が最もよい民主主義的運営をしているか、という判断基準で選ばれ
 るべきだ、ということである。

 これさえ出来ていれば、二大政党制である必要はない。三大政党でもいいし、
 一大政党でもよい。民主主義の政党が一つしかないのであれば、その政党が
 政権を得るかどうかが、民主主義の死命を決することになる。


【国民は民主主義を否定した】

 2008年の衆議院選挙の場合、選挙前において、民主党では民主主義的
 運営が成されていないということを、すべての人が知っていた。

 にも関わらず、多くの国民は民主党に投票したのである。これは、民主主義
 なんかもういらない、と国民が言ったのと同じである。民主主義の自殺であ
 る。

 多くの国民は、民主党に民主主義があるかどうか、などには関心を示さず、
 政権交代という仮面にだまされて、「ニセモノの政権交代」を選んだので
 ある。

 それは、魂を売り渡す行為だとも知らずに。