真摯な反省とは何か


【理想の確認のない反省は偽善である】

 反省とは、理想や目的と、現実の結果とのギャップを計り、なぜ悪い結果
 がでたのかを検証することである。

 ゆえに、本気で反省するのであるならば、まず第一に、理想はなんであった
 のかを明らかにする必要がある。

 ところが、どういうわけか、「反省せよ!」と声だかに叫ぶ人に限って、この
 作業を嫌悪する。「反省できない人の自己正当化である」として、理想が何で
 あったのかの確認作業を妨害する。

 この輩は、とにかく首をたれて、ひたすら陳謝することを要求するのだ。


【反省なき反省】

 もし本当に、理想などどこにもなくて、ただ戦前の日本人が残虐非道であった
 ことだけがすべての原因であったのであれば、それでもよいであろう。

 だがそうでなかったらどうだろうか。

 理想があったのに、問題のある結果になったのだとしたら、今後も同じ問題が
 起こる可能性が大きいということである。

 これから我々が全くの善意を以って行うことが、結果的に外地の人々から嫌悪
 される結果を招くかもしれないということである。

 なぜならば、理想と現実のギャップがなぜ起きたかを検証していないというこ
 とは、それがなぜそうなったのかが分からない、ということであるのだから。

 分からない以上、過ちは繰り返されることになる。

 ゆえに、理想の確認なき反省に、意味はない。愚かなる偽善だけがそこに
 ある。