事業仕分け


【 ♪ ただの祭りよ~ ♪】

 事業仕分けによって、国家予算の使い道が明らかになったから、
 これを評価する、とかいう声が聞かれるけれども、私はこの意
 見を間違っていると思う。

 なるほど、大衆の耳目の届くところへ持ってきたのは確かであ
 るが、それと「明らかにする」とは、また別の話であるからだ。

 大衆もマスコミも、「見える場でやる」ということと、「内容
 を明らかにする」ということの区別がついていないのである。

 内容を明らかにするというのは、一見不合理に見える予算要求
 であっても、その要求の根拠・思想・現状等を玩味して、是非
 を問う、ということである。

 そのような検討を国民の前に明らかにしてはじめて、「明らか
 にした」と言えるのである。

 しかるに、あの事業仕分けなるものは、そのような機能を持って
 いなかった。そもそも、あの人数と時間ではそんなことは不可能
 であった。

 そうであればこそ、旧大蔵省・財務省の官僚達は、予算編成期に
 総出で毎夜のように残業していたのである。内容の是非を問うと
 いう作業は、それほどに労力と知識を要するものなのだ。

 皮肉なことに、事業仕分けが明らかにしたことといえば、事業仕
 分けというやり方では、まともな査定はできないということだけ
 であった。