民主主義が自殺した日

【8月30日という祈念日】

 「よく見ておくがいい! 民主主義の自殺とはどういうものかを!」

 2009年8月30日という日は、日本の民主主義が自殺した日として
 記憶されることになるだろう。

 国民の審判に従うのが民主主義なのだから、問題ないのではないか?

 しかり、国民は決断したのである。民主主義でない政党に政権を渡す
 という決断を。民主主義はもういらないという審判を!

 民主主義の選挙とは、民主主義の自殺を可能足らしめるシステムである。


【死ぬまいとして自殺する愚】

 民主主義を最終的に担保しているのは、政党内の民主主義である。

 これあればこそ、選挙の時以外でも、国民の声を政策に反映させ得る。

 それは、観念的な「国民の声」ではなく、個々の問題について政党内部
 からの指摘・検証・反対論が出てきて、政権政党の暴走を牽制するとい
 う意味である。

 かかる政党内民主主義の出来を競ってこその、民主主義の選挙である。
 であればこそ、どちらが勝っても問題はない。

 問題なのは、マスコミや国民がこのことを理解せず、政党内民主主義を
 持たない政党を、政権交代可能な政党だと信じてしまうことが往々にし
 てあるということである。

 これがすなわち、民主主義の自殺というものである。

 前政権に失望して、民主主義を持たない政党に政権を委ねるパターンで
 ある。死ぬまいとして自殺する、まさにその形である。