能力と学力

小室直樹 著 「偏差値が日本を滅ぼす」 カッパビジネス


なんどか紹介したこの本は、教育問題を考えるうえで、このうえなく貴重なもの
である。

この本にかかれてあることから、少し述べてみよう。


戦前の大学において、東大はトップではなかった。

ではどこがトップだったか?

陸兵・海兵学校である。学校で一番の生徒、それも文武両道にすぐれた子が、陸兵
に入り、二番の子が一高(東大)に進学したのである。

さらに、神戸・横浜の両商高の卒業生は、東大出よりも出世することが少なくなかった。

しかし、真のエリートは、陸兵にも東大にも行かなかった。

彼らは、地元の師範学校にいって教師となり、カントリージェントルマンの生活を
送ったのである。

十分な資産と頭脳に恵まれた人間は、このような悠々自適の生活を送るものであり、
東大に入って役人として出世する、などというのは、かわいそうな貧乏人に与えられ
たわずかな望みでしかなかった。

であるからこそ、この時代には、資産家が同郷の貧乏人の子供に学資を出してやると
いうような例が相当にあったのである。

今の世の中で、こういうことがあるだろうか?

むしろ、資産家の両親は、あの貧乏人の伜になんぞ負けるな!とばかりに、自分の子供
に家庭教師をつけたりするのではないだろうか。

なんども言うようだが、この本は読んでおいて損はないものです。

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話は変わるが・・・


知識や学問は重要だし、それを試験という客観的な方法で試すことも良いことだ。

だが、能力があるか、良い仕事をするか、さらには社会の為になにかができるか、と
いうことと、試験で良い点をとることには、残念ながらあまり関係はない。

そうであればこそ、東大出でない我々が、東大出のエリート官僚のやってることに、
文句をいうことができるわけだし、東大を出てもオーム信者になる人間もいるわけで
ある。

坂本竜馬が大きな仕事をしたことは確かだが、彼の知識が同時代の他の侍に勝ってい
たわけでは決してない。

和漢の知識はもとより、洋学にしたところで、竜馬など足元にも及ばぬ西洋通はいく
らでもいた。

しかし、回天の事業は竜馬なしにはあり得なかった。

なぜこんなことになるのか、といえば、要は、とらわれなかったからだ。

物事に捕らわれていれば、どんなに豊富な知識や優秀な頭脳を持っていても、その人
は愚物である。

エリート官僚が、我々凡夫に馬鹿にされるのも、彼らが官僚機構というものに捕らわ
れているからだ。

安藤百福は、カップラーメンの開発において、いくつもの新しい発想を思いついた。

その度に、彼は自分自身にいう。

「ここでもまた、常識に捕らわれていたのだ!!」と。

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