政治における結論という言葉の意味


【結論という言葉】


真実を突き止め、大方間違いのない定説にたどり着くことを結論というのであれ
ば、(つまり科学や理屈の目指す結論ですね)そういうものは、国家政策というも
のに求めることはできない。できないからこそ、政治というものが存在する。

一方、政治が目指す結論とは、本当に正しいかどうかは正直言って分からないけ
れども、今、現在の取るべき方針として、その継続や改革や決定を行なうべきと
認める。真理かどうかは知りようがないが、必要な決定はせざるを得ない。それ
が政治における「結論」というものです。ゆえに、ときに「やるっきゃない」も
アリ、です。

この違いを認めないと、政治は大混乱になる。科学や理屈が干渉してくるのであれ
ば大して問題ではないのだが、宗教もまた「真理を追求するもの」であるのだから、
それが乗り込んでくると収拾がつかなくなる。ゆえに、宗教を政治の場から切り離
し、政治的決定は宗教上の正義とは無関係である、と理解するところから、近代
国家は成り立っている。政教分離とは、某神社に参拝するとかしないとかの末子枝
葉のことではなく、政治的決定と宗教的真理とは干渉し合わないという約束のこと
なのである。極論すれば、松本被告が死刑になっても、オームの教義の否定にはな
らない、ということである。


もうひとつの問題は、理屈で判断つかないから政治はある。それは間違いないのだ
が、どういう訳か、だから破綻のある理屈も政治にはあってもいいのだ、と拡大解
釈する人がいるということだ。siさんの懸念も、こちらのことではないだろうか。

「世の中は理屈じゃねぇ」けれども、だからといって「理屈がムチャクチャでいい」
という訳ではないはずだ。理屈が通っていても、個々の現実においてはうまくいか
ないことがある、というだけのことなのだ。「理屈が通って」いなければなんにも
ならないのである。理屈は「必要条件であって、十分条件ではない」ということな
のだが、いつのまにか「理屈は必要ない」と読み替えられてしまうことが多い。

どんなに科学の粋を集めた宇宙ロケットでも、失敗することはある。科学で想定
できなかった事象が現実では発生するからだ。だからといって、科学技術なしで
ロケットを飛ばそうとする輩はいまい。しかし、政治でも一般社会でも、そういう
馬鹿げたことをする人間が結構いるようだ。

「世の中は理屈じゃねぇ」だが、ひとつひとつの理屈は、筋が通っていなければ
ならない。筋が通った理屈ばかり集めて出した結論でも、不幸な結果があるやも
しれない、それが「理屈じゃねぇ」ということなのだ。それほどに現実というも
のは手ごわいし、だからこそ政治というものに存在価値があるのだ。

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